<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 新年ブログ句会・選句と評 | main | ブログ記事の引用 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク * - * * - * -

新年ブログ句会のまとめ

写真が今までと大違いで、びっくりしませんでしたか。実は、今回の写真は「ぬかご」の香田裕誌氏の提供です。香田氏は全日本写真連盟浦和支部のメンバーで、本太写真クラブの副会長です。写真は「富士五湖西湖の癒しの里からの富士」です。

<新年ブログ句会・まとめ>
新年句会について、規定の4句以上の選句、また、出句の添削案、句会全体の感想など、多くのメールやコメントが寄せられました。ここにまとめて発表します。
今から寄せられるメール、コメントも、追加で、このブログに発表しますので、どんどんお寄せください。
 ◎1月15日、<泰二のコメント>、<泰二の本音>を書き加えました。 ◎1月20日、<「季重なり」について>を書き加えました。

◎選句。プラスアルファ
※規定の4句以上に採りたかった句
<うーむさん>
33.「一言を繰り返し読む賀状かな」
→大切な人からの賀状。時間はたっぷりある。
29.「修正会少年の声澄みにけり」
もなかなか良いと思った。
→寒い本堂での読経、変声期前の少年の声がひときわ響く。
18.「お降りやおさまりきらぬおもちゃ箱」
→雨が降ると室内の片付かなさは気になる。クリスマス、お正月、おもちゃの増える時期。季語からの距離が楽しい。しかし、「お降り」という大昔を思わせる言葉、もう少し神々しいものとの取り合わせがいいのでは。
<泰二のコメント>
 「お降り」は、私の子供のころ、親と年賀の客との会話などに出ていました。「大昔」と言われると世代の差を感じてしまいます。こういう時は歳時記の例句に当たってみるのが良いようです。「お降りに草の庵の朝寝かな・虚子」「野鼠の穴をお降り濡らすほど・みどり女」「おさがりにして只の雨海に降る・楸邨」などそれほど神々しくはないのもありますが?

<けいこさん>
16「灯に浮かぶ東京タワー去年今年」
28「初雀一枝の雪を落としけり」
33「一言を繰り返し読む賀状かな」
  16と28の句は、空気まで身ほとりに感ずる句、
  33の句は、賀状に添える一言のぬくもりを感ずる句でした。
  三句とも、選句した四句と同じくらい素敵な句だと思います。

◎疑問
<青子さん>
 今回の新年の句には、季重ねではないのかと思うものがたいへん多いように思いました。
わたくしの句も、28:初雀&雪  30:四日&炉  があります。これで良いのかと、瀬踏みのつもりで投句いたしました。
 投句はしませんでしたが「父と引く正月の凧いや高し」という句も作りました。正月&凧 が季重ねという指摘をある人から受けましたが、こちらはむしろ「正月の凧」という一つの言葉として捉えられるのではないかと思ってます。
<泰二のコメント>
 季語は俳句の焦点です。焦点が二つあると、句のテーマがぼやけます。だから、季重なりが排斥されるわけです。しかし、逆に言うと、焦点が分裂しなければ、季語が幾つあっても良い訳です。「正月の雪真清水の中に落つ・広瀬直人」は師の飯田龍太にも激賞され氏の代表作と言われます。青子さんの句も、焦点は、はっきり「初雀」「四日」にありますから、季重なりとは言われないでしょう。「正月の凧」は微妙です。「正月の」が説明臭いのです。もっと堂々と「初風」とか「初空」とかを使ってお詠みになればと思います。

<うーむさん>
「修正会」を広辞苑で引くと「修正月会。寺院で、正月元日から三〜七日間、国家の隆昌を祈る法会」とあり、角川の俳句大歳時記では、「修正会」は「会陽」(岡山西大寺の裸祭り)の傍題、春の季語。とある。こういうのってどう扱ったらいいのだろう?
<泰二のコメント>
<角川の合本歳時記には、同じ「修正会」が新年の部に載っています。他の歳時記でも新年でした。「修正会」の「正」は正月(旧暦)です。東大寺の「修二会」の「二」が二月(旧暦)なのと一緒です。だから、「新年」の部の季語だ、で、いいはずです。「端午」は五月五日で立夏の一日前ですが、「夏」の季語です。七夕は七月七日で夏の最中ですが「秋」の季語です。これも、旧暦の五月、七月はそれぞ「夏」「秋」だからです。大歳時記は現在のその行事の日日(二月の第三土曜日)に合わせたのだと思います。>
 ◎このコメントに、うーむさんから、再びコメントがありました。この記事の最下端の「comments」にあります。クリックしてみてください。

◎感想
<青子さん>
選句もその人の力量を表すと言いますが、わたくしの選句があまりにも見当外れなようだったら、しばらく休んで様子を見ようと考えております。そういう意味で、今回の皆様の選句に注目しています。

<けいこさん1>
新年という題は、苦労しました。
古い世代のせいか、お正月と言えば子供時代、今よりずっと楽しかったと思います。
昔の新年にしたことを、今では、特に都会ではほとんど何もしなくなりました。その昔の新年のイメージや、先入感を基にして陳腐な句を作ることはしたくないと思うと、ほんとうに難しかったです。
世代の違いによる感想の違いは、いつもおもしろいと思っています。私より若い方たちの発想の方が、自由でうらやましいと感じています。今回はその自由さが、あまり見られなかったように感じました。
また、季語の幅が広かったせいか、評価にばらつきがありました。

<けいこさん2>
3「灯台の灯と入れ替わる初明り」
 「初明かり」が主役であることがはっきりするような中七の表現が欲しかった。
13「初夢もすぐ忘れたり年男」
  「初夢を」の方がよいと思う。

<綾女さん>
新年早々盛会でしたね。
この句会は以前から拝見しておりましたが、新参者のつたない句に点数をいただき、びっくりしております。有難うございました。
なおまた、「アドレス」をとのご所望ではこざいますが、メールのやりとりをしていただくつもりは全くございませんので、どうかご容赦くださいませ。

<あかざさん>
今回皆さんの力作を拝見し、苦心の跡も垣間見え、なかなか興味深いものがあります。また、当方の句に関心を寄せ、点を入れてナイスな鑑賞評をくださった方に感謝致します。お返しの積りではありませんが、その方の「新春の日差し写真の母にまで」の句が一番のお気に入りでした。

所で、句会の主宰者としての総評らしきものが、このところずっと影を潜めているようです。参加者以外の人で此処を読みたがっている者のために、あった方が良いのでは、と思うのですが如何でしょう?
尚、メール交換にかなり固執されますが、その意図が今一つ不明確なので、アドレスの記入は辞退とします。
以下は全くの蛇足ながら、当方、この主宰関係の結社へ、参加の意志が毛頭ありませんので、お知り置き下さい。

<さちさん>
土曜日さん、コメントありがとうでした。勉強しま〜す!

<泰二の本音>
 このブログを設けた理由の一番大きなものは、正直に言って、私の所属する結社「ぬかご」の会員を一人でも増やしたいからでした。
 しかし、誰彼構わずという訳でもありません。「ぬかご」の句風(趣向に走らず、写生を基調とした句)に合っている方を期待しました。こういうことは、その方も、「ぬかご」でやってみたい、こちらもその方に入っていただきたいという具合に、両者の希望の一致がなければ、後が楽しくないでしょう。
 ネットで俳句を楽しむ方には、自由が第一で、結社に縛られたくないというタイプが多いことも存じています。しかし、十人にお一人くらいは、誘える方があるかなと、儚い望みを掛けてこのブログを立ち上げました。
 今、このブログの常連と言っていい方が10人前後いらっしゃいますが、そのうち、お誘いしたのは、4人です。結果はお二人に断られ、お二人にOKをいただきました。(お断りになったお二方とも、今もこのブログでのお付き合いが続いています。)

 なぜ、メールアドレスを知りたがるのかについては、別の理由があります。
ブログへの「comments」より、メールの方が、事務的に楽だからです。
一人で複数の名前を使い、数人分の出句、選句をする人がいる可能性があるので、それを拒否したかったからです。
 メールアドレスを求める方針は続けたいと思います。しかし、誰にでも入門を勧めるとか、その後もメール交信を求めるといった野暮なことをするつもりはありません。ブログの自衛のためです。
 不愉快にお感じになった方には申し訳ないと思います。ほんとは、私も、メールアドレスを求めるホームページには手を出さない方なので、お気持ちは分ります。 
taiji-m * - * 20:31 * comments(2) * trackbacks(0)

スポンサーサイト

スポンサードリンク * - * 20:31 * - * -

コメント

泰二先生

早速のお返事ありがとうございました。

○お降りの件
「お降り」生きていた言葉だったとは、感動です。
幼少期、大家族で曾祖母等と暮らしていた為、比較的古い言葉や風俗には明るい方だと思っておりましたが。(私のお手玉唄は日露戦争の唄です。)富山出身の家族だったからか。

「野鼠の穴をお降り濡らすほど・みどり女」ああ、素晴らしい句。自然の何気ない景色に神々しさを感じます。
「おさがりにして只の雨海に降る・楸邨」これは、決して神々しいものとの取り合わせではないけれど、季語のイメージから驟雨ではないやさしい静かな雨のような。『海』に降るところがみそなのか。
私の実生活で「かたづかないオモチャ箱」は天敵でした。個人的経験から、季語と心地よい距離・関係で結びつかないのかもしれません。
それにしても、泰二先生の句だったとは!(苦笑い)
生意気なことを申してすみません。
でも、こういうのも句会の面白い所です。

○修正会
納得。
修正会が新年の季語に記載がない、私が使用している歳時記は「角川俳句大歳時記 新年」です。
かなり重いので信用していましたが(?)
歳時記も辞書同様、何種類が調べてみないと分からないのですね。

うーむ
Comment by うーむ @ 2008/01/15 10:57 PM
泰二さんの見解を拝見し、概ね了承と言いたい所ですが、最後の部分がどうしても気懸かりで、再びコメントしました。
≪ほんとは、私も、メールアドレスを求めるH.Pには手を出さない方なので・・・≫
これは不思議な感覚に囚われます。ごく一般的な考え方では、自分のとって嫌なこと・不愉快なことは、他人に課したりせず、子供達へもそのように指導するのが、ノーマルではないでしょうか。色々考えてみても、あえてそれ(メル・アド)を求める、先達としての泰二さんの心根は、腑に落ちません。
また、「ブログの自衛」と言われますが、メル・アドを個人で複数(最大10個)取得出来る現状をみれば、メル・アドが、ブログ防衛の万能薬にはなりえず、メル・アドへのこだわりは、如何なものかと思ったりもしました。



Comment by あかざ @ 2008/01/19 3:59 PM
コメントする









トラックバック

このページの先頭へ