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季語は炊き込みの具

左の写真の句の季語は「啓蟄」 (春)です。啓蟄は冬篭りしていた地虫たちが出てくるという意味で、今の暦では三月六日になります。
 和食の達人野崎洋光さんの言葉。「油揚げとしめじを炊き込み御飯の具にする時、昆布・鰹節などの出汁は使いません。具から出汁がでるので、他の出汁は味の邪魔になります」
 俳句の季語もこれと同じだと思った。「長閑さや」とか「春の昼」と言ったら、もう「のんびり」の出汁が出ているのだから、「猫が伸びをした」とか「欠伸が出た」とか、他の出汁は味の邪魔になる。季語から出た出汁の味をすっきり生かしたいものだ。

◎以下はcommentsの要旨です。全文は右サイドのrecent commentsから選んでクリックを!
<投句・狛犬さん>
 「梅の花透かして見える奥座敷」
<感想・泰二> 
 季語の持っている性質を他の部分で説明する必要はありません。「梅の花」と言えば、間から透けて見える程度に咲くものというのは、読者に委ねていい部分です。この句では中七をもう一工夫してください。

<投句・うーむさん>
「沈丁花一枝分の幸ここに」
どんな時も、沈丁花を一枝活けると、あたたかい気持ちが広がります。
「春の野に息づく命幾億万」
春いっせいに命が芽生えます。この野原でさえ、どれだけの数の命があるのか、土の中にいる菌類、虫、コケ、植物、動物、最後に人、目眩がしてきます。
<感想・泰二>
前句、「ここに」が不明確です。「分」は説明くさいです。簡潔に明確に、例えば「一枝の幸活けにけり沈丁花」のように詠む工夫をしてみてください。
後句、「息づく命幾億万」は概念的・抽象的です。菌類から人間までは手を広げ過ぎでしょう。代表として「虫」を取り上げるくらいの方が、実体感があると思います。


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taiji-m * 季語について * 11:33 * comments(4) * trackbacks(0)

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コメント

誠に稚拙な句でありますが、投句をいたします。
どこに書き込んだらよいのかよく分かりません。
失礼がありましたら、お許しください。

「沈丁花 一枝分の 幸ここに  うーむ」
どんなにつらくても、沈丁花の花を一枝一輪挿しに活けると、あたたかい気持ちがじんわりと広がります。小さな小さな幸せだけど、こういうものを大切にしていきたい。

「春の野に 息づく命 幾億万  うーむ」
春いっせいに命が芽生えます。私が一望するこの野原でさえ、どれだけの数の命があるのか、土の中にいる菌類、虫、コケ、植物、動物、最後に人、目眩がしてきます。春は目眩の季節でもあります。

以上二種です。よろしくご指導お願いいたします。
Comment by うーむ @ 2007/03/15 11:02 PM
「うーむ」さんへ

泰二です。

 このブログへの投句参加、ありがとうございます。
 「うーむ」さんの作品は、いつも気持ちの籠もった(と言うより溢れた)句ですね。あまりにも気持ちが熱いので、古今集の業平の句のように「心余りて詞足らず」になりがちです。
 一句目は「ここに」が、読者には不明です。「庭」なのか「瓶」なのか。「幸を活く」とでもすれば、明確にはなりますが、やや説明くさいし、いっそ「分」の説明くささを捨てて、「一枝の幸活けにけり沈丁花」でしょうか?
 二句目、「息づく命幾億万」は具体性が薄いですね。菌類から人間までというのが、手を広げ過ぎなのでしょう。「虫」辺りを代表にして、もう少し実体感のある詠み方を工夫してみてください。
Comment by 泰二 @ 2007/03/16 5:26 PM
泰二さま

早速のコメントありがとうございます。
大変参考になります。特に「心余りて詞足らず」は自分の音楽にも共通した課題だと思っております。表現というものの根っこは同じなのですね。
一句めが、脱皮をするように、生まれ変わるのには感動しました。
実体感の大切さも痛感しました。自分のためにだけ書く日記ならともかく、少しでも人様に読んでもらいたい歌には、実体感がなければ、共感が生まれません。

自分の書いたものについて意見を頂くのは、四半世紀ぶりでしたので、ドキドキしました。
でも、とても良い経験になりました。
心より御礼申し上げます。 


うーむ

Comment by うーむ @ 2007/03/16 9:43 PM
「うーむ」さんへ

泰二です。

このように言っていただいて、こちらもドキドキしています。
「心余りて詞足らず」は、批判の詞ですが、同時に、褒め言葉でもあります。紀貫之は、業平を六歌仙の一人に挙げて、このコメントを書いたのですから。
「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つは元の身にして」ごちゃごちゃして分り難い歌です。しかし、恋人を失って身もだえして嘆いている遣る瀬無さは十分感じ取れます。
「うーむ」さんも、自分の思いを訴えようとする作風を大事に伸ばしていらっしゃることを期待します。
俳句でも自分らしさを通すことは大事なことと思います。
Comment by 泰二 @ 2007/03/16 10:44 PM
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